2020年11月20日

ピアンタ 代表取締役 伊藤秀樹さん

 

オフィシャルサイト

https://e-pianta.com/

 

営業時間などはオフィシャルサイトの各店舗情報をご覧ください。

   

五店舗(2020年現在)あるピアンタはどの店舗も駅から近いが、ピアンタの伊藤秀樹さんに会うために訪れた板橋店もまた駅から徒歩一分足らずのところにある。JR埼京線に乗って、池袋の隣駅である板橋駅で降りて東口に出、線路沿いに五十メートルも進めばピアンタ一号店にたどり着く、そんな具合だ。この駅近というのがピアンタの出店条件において重要であり、おそらくこの板橋店の成功をモデルにして出店計画を立てている。実際、駅前にチェーン店しかないような土地こそがピアンタの出店候補地になると伊藤さんは話していた。

 

 

親の職業がなんであるかは子どもに大きな影響を及ぼす。サラリーマンの子どもがサラリーマンに、芸能人の子どもが芸能人に、政治家の子どもが政治家を目指すように、競輪選手を父親にもった伊藤さんもまた少年時代に競輪選手になることを夢みた。しかしスポーツの世界に親の七光りは通用しない。自らに競輪選手になれる素質が足りないことに気がついた伊藤さんは将来の道を閉ざされたと頭を垂れ膝を地についた、なんてことはまったくない。

 

 

伊藤さんをGRIT JAPANに紹介してくれたのは誠眼鏡店の星野さんである。近所にお住まいで親しい間柄ということだが、お二人の共通点は地理的要因だけではなかった。お二人の共通点、それは自己肯定感が高いということである。どちらも非常に「自分が好き」である。自己肯定感というのは生まれつき高くもっている人もいないとは言えないが、その大多数は家庭環境によって作り上げられるものではないかと思う。そして、実際に話を伺えば伊藤さんは家族を愛し、将来自分が築き上げる家族のあり方に両親を目標にすらしていた。暖かい家庭を持ち、自己肯定感を十分に育んだ伊藤さんにとって、競輪選手になれそうもないという現実は、違う道への方向転換であり、父親への尊敬の念をより高める効果を上げただけであった。

 

 

競輪選手にはなれない。しかしだからといってサラリーマンになることだけは絶対にない。伊藤さんはそう心に固く誓っていた。それは父親が非サラリーマンだったという理由だけではない。世の中には親が個人商店を経営しているのにそれを継がずサラリーマンになるひとなどざらにいる。伊藤さんがサラリーマンだけにはならないと決めていたのは、なによりもその家庭の在り方だった。父親が家にいるのが当たり前の生活。学校から帰ると父親がよく遊び相手になってくれていた。夕食はいつも家族そろって食事をし、スポーツ選手のために母親が腕によりをかけて栄養のバランスを考えた料理がテーブルいっぱいに並んでいるのが日常だった。自分が大人になったらそうした家庭を作りたい。

 

しかしもしサラリーマンになったら会社の都合で夜遅くなることもあるだろう。家族とともに過ごす時間よりも会社の時間を優先しなければならなくなるだろう。そうなると理想の家庭像が遠のいていく。それはいやだった。どうしてもいやだった。だからサラリーマンにはならない。自分で時間を決められる経営者になるのだ。幸い自分には経営者に向いている素質がある。振り返ってみればリーダーとか、主役とか人をまとめたり、人前に出ていくことを今まで買って出ていたことを思い出した。そうか、俺は経営者に向いている。なぜかその点においては自信があった。その根拠を根底で支えているのはもちろん高い自己肯定感である。

 

経営者向きの資質があるのはわかったが、具体的な進路は不明だった。夏期講習の点数がよかったから進学校に進んだのはいいが、高校に入った瞬間に勉強のすべてが無駄に見えてしまったと伊藤さんは言う。幾何学が将来なんの役にたつというのか、古文などこの先人生で必要になることはあるのか。おそらく多くのひとが青少年期に一度は陥るであろう学問不要説に伊藤さんもまた囚われてしまっていた。そして伊藤さんは勉強を放り投げた。普通に在学していれば大学に行けるはずだったが、伊藤さんの目の前でエスカレーターは無情にも停止したといえば、その放り投げ具合がわかるだろう。エスカレーターの乗車拒否という稀有な体験をした伊藤さんであったが、それで進路に焦ったかといえばたぶんそうではない。それは自己肯定感が高いからではなく、その頃伊藤さんを支配していた無気力のせいである。

 

本来目的をもって行動することに活力を感じている伊藤さんにとって、この高校時代はもっとも辛い時代となった。情熱を傾けられる目的が見つけられない日々に悶々とし、ただ気を紛らすために遊びに興じ時間を潰した。そうして本来の自分をごまかしていた高校時代が本当に辛かったと伊藤さんは言う。希望進路のない青年に学校は三つの選択肢を用意していた。自動車整備士学校、美容師学校、そして調理師学校である。なかば消去法で調理師学校を選んだというが、その選択の礎を伊藤さんが育った環境が作っていたのである。

 

 

 

 

“Tell me what you eat, and tell you what you are.”

 

                             Brillat SAVARIN

 

 

 

「君が何を食べているか教えてくれたまえ。しからば君が何者であるかお答えしてしんぜよう」美食家ブリア・サヴァランがそういうように、ひとはそれまで食べてきたものでできている。したがって食生活が重要なのは言うまでもなく、食生活こそが体だけでなく心も育んでいるのである。伊藤さんは消去法でと言ったが、普段から食べきれないほどの豪勢な料理がテーブルに乗り、父親に連れられて寿司屋のカウンターに座る生活を送っていたのである。いつの間にか舌は鍛えられていた。調理師学校を選択したのは消去法ではなく必然だったのである。そして、とにかく、伊藤さんは目標を得た。目標は水であり、伊藤さんは魚になった。

 

 

伊藤さんのお話の中で印象的なことがいくつかある。なかでもとくに良いことしか見えないメガネの話は感銘を受けたただけでなく、自分でも実践してみようという気にさせる内容だった。ひとの悪いところを指摘しても良くなることはない。それよりもむしろ良いところを伸ばすように声をかけてあげたほうが絶対いいんですと伊藤さんは力説した。良いところしか見ないようにしているんです。良いことしか見えないメガネをかけているんです。だからよく他人を褒めるんですよ。褒めると褒めている自分も気持ちがいいじゃないですか。

 

と、伊藤さんはさらっと言ってのけたが、これはそうそうできるものではない。多くのマネジメントや対人関係を説いた書物が同様のことを訴えている事実が実践することの難しさを物語っている。ひとの良いところを見つけてそこを褒めることがすんなりできるのは才能といっていい。もちろん才能と聞いて諦める必要はない。とくに苦労することなく自然にそう振る舞うことができるのが才能であって、その才能がなくても練習すれば必ずできるようになるからだ。必要なのはきっかけとやってみようと背中を押してくれるわずかな力だけでいい。伊藤さんの言葉はふと自分もやってみようかなと思わせる力があった。良いことしか見えないメガネをかければひとを幸せにし、同時に自分も幸せになれるのだ。わかっているけどなかなかできずにいたあなたこそ、伊藤さんの言葉を聞いて今から練習を始めて欲しい。

 

 

自己肯定感という言葉がもてはやされて久しい。そして多くのひとが自己肯定感を高められずに苦労しているのではないだろうか。自己肯定感とはつまり「自分が好き」である。自分が好きなひとは自分の存在に幸せを感じている。しかしそのために自分だけを内向きに見つめるのではないのである。伊藤さんのように他者を褒め、他人の幸せを自分の喜びとすることで自己肯定感を高めているひともいる。そしてそれは上昇気流に乗った鳳のように、翼を広げているだけで空高く舞い上がっていく。自己肯定感を高めようと必死に自分のことばかり考えているひとにとって、自分のためにまず他者を幸せにするというのは目からウロコではないだろうか。そんなことないですか。

 

 

お店に来てくれるお客さまが幸せな気持ちになってほしい。それにはまず従業員が生き生きと働ける環境を作る必要がある。そこで働くひとたちが明るく元気でいることが、お客さまの満足度を上げる第一歩であると考えている。そのために伊藤さんは働いてくれるスタッフの心の様子に耳を傾ける。良いことしか見えないメガネはその一つであるが、それ以外にもどうしたらスタッフが働きがいをもって伸び伸びと仕事に取り組めるかに力を注いでいる。それだけにスタッフがピアンタを辞めて去って行くときの伊藤さんの心痛は計り知れない。「ああ、俺はこのひとにクビにされたんだなあ」そこまで伊藤さんは感じるというからどれだけ伊藤さんがひとのことを日々考えて行動しているかがよくわかるではないか。

 

 

伊藤さんに初めてお会いしたのは今年(2020年)の初春だった。その後にコロナ禍で事態が一変して再びお声がけを頂いたときには秋深まる季節に移っていた。以前にくらべて一回り大きくなったように感じたが筋トレが趣味と聞いて納得した。店舗の入り口で写真を撮るとまるで用心棒のように見えるほど貫禄があるが、本人はいたって平和主義(本人談)で争い事を好まぬやさしい人である。高い自己肯定感を持ち、目標にむかって邁進する伊藤さんは、ピアンタでもっとひとを幸せにしたいと意気込んだ。