KIE'S AROMA アロマセラピスト 後藤貴英さん

 

サロン所在地:東京都文京区本駒込

JR山手線、東京メトロ南北線 駒込駅より徒歩7分

http://www.kiesaroma.jp/

info@kiesaroma.jp


厚生労働省が発表した人口動態統計によると、2018年の出生数は918397人だった。これは三年連続で100万人を割り、出生数は過去最低を更新したものとなった。また当然のことながら、女性が生涯で子供を産む数である合計特殊出生率は1.42とこちらもじわりじわりと下げている。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、2050年には日本の総人口が1億人を下回ると予測している。

 

 

人口減少と少子化は必然である。というのはこうしたデータから見えてくる事実のみならず、実際に子育て真っ最中の私にとっても明らかである。社会はまったく育児に不寛容になってしまった。「7つの習慣」の著者スティーブン・R・コヴィーはこういった。かつては社会が共に子供を育ててくれたが、現在では親がいかに社会から子供を守るかが問題になっている、と。日本も例外ではない。地域が一体となって子育てをしていた時代があった。家族も大きく祖父母とともに暮らすことは当たり前だった。家の中にも外にも大人が大勢いて、その中で子供は成長していったのである。

 

高度成長期を経て日本が物質的に豊かになると、人々は自由という名の下に個人を主体に置くようになった。それもまた必然かもしれない。社会で地域で団結していた時代はそうしなければ生きられない時代だったからでもある。物質的に貧しく、とても個人だけで生きていくことはできなかった。お互いがもちつもたれつで生きていた。そういう時代である。生存競争を生き抜くための手段としてみんなで寄り集まっていた。そこへ物質的に満たされる時代が到来すれば自ずと個人主義へと向かうのは想像に難くない。かくして大家族は解体され核家族となり、地域社会は名ばかりとなり、都心部であれば隣人が誰かもしらない時代へと移り変わった。

 

今我々はその代償を支払っている。子育ての負担がほどよく分散されていた時代は過ぎ去り、負担100%が両親だけにのしかかる。だったら産まなきゃいいという声もあろう。産むのも自由、産まないのも自由というわけだ。選択の自由がある時代に子供を作るのだから甘んじてその負担も受け入れろというわけだ。かつて自分が子供を持つ前はそのような意見がとてもよく理解できた。しかし現実に自分が子供を持ってみると、それはまるきり見当違いだったことが発覚した。産む自由産まぬ自由はたしかにそのとおりかもしれないが、子育ての負担に関わる問題はその延長線上にはないのである。一番理解に苦しむところだろうが事実である。

 

子育ての負担。とりわけ産後一年くらいまでの母親にかかる負担を説明するのは難しい。とくに私が男だからであり、たいてい男性目線では(女性からすると)肝心な部分が抜けていたり、見当違いな見方をしていたりするからうっかりしたことは言えない。特に産後一ヶ月や首が安定する三ヶ月くらいまでは赤子はごろんと寝ているだけなので男性としては手持ち無沙汰を感じるひともあるかもしれない。ところが女性のほうは二時間おきの授乳が続きひっきりなしのオムツ替えや着替え更には自分の食事や身支度などがあって常に寝不足で常に神経が立っている。うっかり喉を詰まらせたりしないか、うっかり何かにぶつかって怪我をさせてしまったりしないか、うっかり死なせてしまったりしないか。そうしたことに始終気を配っているのだから自身が休まる時はない。男は時々ミルクで授乳を手伝ったと鼻高々だろうが、そんなもの1%くらいしか役にたっていないと考えたほうが正解だ。残りの99%は母親が精神の境界線を綱渡りしながら一手に引き受けている。

 

男は一人の時間がないと死んでしまう生き物だが、女はひと(大人)と話す時間がないと死んでしまう生き物である。産後は外出もできず、外部との接触を断たれてしまう。四六時中乳幼児と自分だけ。身の回りは散らかり放題。気がつけば日は傾き、夫が帰宅する時間がせまるが夕食の準備は何一つ手をつけていない。育児というこの世でもっとも崇高で重要な仕事をしていながら自分の無能感に頭を悩ませる。社会からの隔絶感を覚えるひともいるという。産後うつはこのようにして発生する。もちろん経済的理由を抜きにしては語れないが、このような状況を経験してなお子沢山でありたいと思うひとは少ないはずだ。少子化は必然である。

 

東京都文京区。JR山手線駒込駅から六義園に向かって歩き、不忍通りを上野方面に折れて下った先にKIE’S AROMAがある。オーナーでありアロマセラピストである後藤貴英さんの自宅兼プライベートサロンだ。後藤さんは短大を卒業したのちに栄養士として病院勤務となる。病院食を作る傍ら、体の内側だけでなく外側についても勉強したいという意欲のもとアロマとリフレクソロジーを学び始め、やがてそちらに仕事もシフトしたという。今ではアロマセラピストとして12年のキャリアを持ち、現役のセラピストであり同時に新人育成のトレーナーとしても活躍しているほどにアロマセラピーの世界に傾倒した。後藤さんは栄養士を目指していた学生時代には考えられなかったことと昔を振り返る。

 

2011年。後藤さん夫妻は長女をもうける。そして前述した育児の重圧を身を持って実感することになる。「社会からの隔絶感」というのは後藤さんの言葉である。乳飲み子を抱えての外出はリスクが伴う。恐怖心もある。エレベーターの設置有無だけではない障壁が立ちはだかる。電車が乗れなければ近隣の児童館はと言えば年上の子がいて怖い。心配事は尽きることがない。それらは我が子を守ろうとする母親の防衛反応として当然のことであるが、人間は野生動物ではない。洞穴のごとく自宅に何ヶ月もじっとしていたらそれこそ可怪しくなってしまう。現在でさえ充実しているとは言えない行政による産後サポートは八年前は無きに等しいものであったという。果たして後藤さんは多くの新米母親がそうなるように、孤立した。

 

「こんなにつらい思いをしているのに世間とはなんと冷たいのだろう。なぜ私のように育児に苦しむひとを助ける受け皿があまりにも少ないのか」こうした実体験がKIE’S AROMA創業の原動力となった。自分のアロマセラピストとしてのスキルを活かして同じように産後の子育てに苦しむママたちを救いたい。少しでも自分の力がそうした方々の手助けになればいい。後藤さんはアロマセラピストとして働く仕事を続けながら自宅の一部をサロンに変えついに子育てママによる子育てママのためのママメンテナンスサロンを開業した。2012のことだった。

 

 

KIE’S AROMAではサロンでの利用に加え出張サービスも提供している。産後二週間など外出ができない母親でも気軽にアロマセラピーが受けられるようにとの配慮である。あのとき大人と会話がしたかった。或は一時間でもいいから自分の時間が欲しかった。ぐっすりと眠ることができる時間が。その思いを今同じ悩みを持つ母親たちに届けている。アロマの香りとともに。

 

香りとは不思議なものである。ある香りを嗅いだ瞬間忘れていた記憶が瞬時に蘇ることがある。人間は情報の90%を視覚から得ているとは言え、見覚えのある風景をいつまでも眺めながら、ここどこだっけなあと立ち尽くすことがある。しかし嗅覚にはそれがない。香りは鮮烈に記憶の扉を打ち砕く。それはDNAを飛び越えてさえ。

 

 

日本人が縄文以来長らく親しんできた香りと言えばクスノキがある。クスノキは関東以南の神社や公園によく植えられている常緑樹である。クスノキの成分を抽出してつくったのが樟脳であり防虫剤や医療に用いられている。クスノキの若葉が生い茂る春にはあたりはなんとも言えない香りに包まれる。フィトンチッドという言葉がある。これは植物を意味するPhytoと殺すを意味するcideを合わせた造語でロシアの生物学者ボリス・トーキンが名付けたものである。植物が放出する揮発性物質が細菌などを殺す力があることの発見による。実際ある植物が持つテルペノイドなどには殺菌力があることがわかっており、これらがフィトンチッドの正体であるとされている。こうした細菌を殺す力も人間にとってはリラックスさせる効果があることが知られている。森林などフィトンチッドあふれる空間は人間に悪さをする細菌も少なく過ごしやすい場所になるということなのだろう。

 

さて神道では神様に捧げる榊(さかき)というのがある。神前結婚をしたひとなら経験あるだろう。濃緑の葉のついた枝をくるりと一回しして神様に捧げる儀式に使うあの木のことである。そして本来この榊は現在使用されているツバキ科のマサカキではなくクスノキだったのではないかという説がある。その理由は香りである。平安時代の神楽歌には榊の香りを歌った歌が残されている。マサカキは香らない。まったく香らないのだ。そこから歌が生まれることは考えにくく、そこで香りがあり年中使用でき日本人に親しみ深いクスノキだったのではないかという話である。この話にはさらにもっともらしい検証が続くのだがここでは割愛する。興味のある向きは文末の参考文献をご参照願いたい。

 

 

日本人はクスノキを始め仄かに匂う香りを好んだせいか、西洋から渡ってきたより強い香りを受け入れるにはかなりの時間を要する。もっとも現代でさえ香水の使用量が西洋人とは比べ物にならないくらい少ないのだから今も昔もそれほど日本人の香りに対する感覚は変わっていないのかもしれない。

 

香りはただ嗅ぐためにあるのではなく、それを薬効として用いてきたのは洋の東西を問わない。とくに西洋では香り(のある成分)を積極的に利用しようとする動きが強かった。中世のヨーロッパでペストが猛威を奮ったとき、香水工場で働くひとたちだけは罹患しなかった。香水のもととなる植物から採取した精油には殺菌消毒作用があったからである。医師らはこの事実に気が付き、首から香料入りの小さなボトルを下げ、カモミール、タイム、ラベンダーが床に撒かれ、消毒のためにローズマリー、胡椒などが部屋で焚かれたという。そしてついに1900年代になるとアロマセラピーが誕生する。1910年フランスの化学者モーリス・ガットフォセが自身のやけどの治療にラベンダー精油を用いたところ「驚くほどきれいに治癒した」ことを発端に研究を開始する。そして1937年著書アロマセラピーを発表した。

 

現代ではアロマセラピーという言葉は医療という側面とリラクゼーションという側面を持つ。ここでは当然ながらリラクゼーションとしてのアロマセラピーに焦点をあてている。さてアロマセラピーには三つの作用があると言われている。心に対する働き、体に対する働き、皮膚に対する働きである。精油を嗅ぐとエンドルフィン、セロトニン、アドレナリンなどが分泌されるらしい。これらにより情緒の安定、鎮静、或は反対に活気づく、鼓舞されるなど心への影響が起こる。病は気から。心穏やかなればこそ体も健康でいられるのはアロマセラピー以前の事実である。香りによって心休まれば健康も永らえよう。

 

次に体に対する働きである。体へは香りだけではなく直接手で体をもみほぐすトリートメントとの相乗効果が期待できるとする。血流やリンパ液の流れを改善して体がスッキリした経験を持つひとは少なくないだろう。

 

最後は皮膚に対する働きである。精油成分には肌の調子を整えるスキンケアに役立つものがあるようだ。また体と同じくトリートメントとの相乗効果により血流が促進され肌の新陳代謝の活性化をもたらすとする。いずれも〜するとか、〜らしいなどといったまどろっこしい表現が多いのはこれが医療行為ではないためである。今の世の中医学的に確定していない事柄について断言することは避けなければいけない。最新の薬品でさえその効き方は個人差がある。ましてやリラクゼーションのためのアロマセラピーとなればことさら書き方に気をつけないといけないのである。

 

現在流通している精油(アロマ)は200種類ほどあると言われている。この中からアロマセラピストは必要な精油を選びキャリアオイルで薄めて使用する。KIE’S AROMAでは最高品質のオーガニックオリーブオイルをキャリアオイルとして使っている。このオイル単体ならうっかり赤ちゃんがなめてしまっても安全だ。また授乳中の方に対しては精油も通常使用量よりもかなり希釈して使用するという。このように乳児のような小さな子どもがいる母親に対しての徹底した安全管理がとても重要という。

 

 

かつて自分が経験した産後のつらさ。同じ苦しみを持つひとたちを少しでも助けたいという思いから始まった後藤さんのKIE’S AROMAは今着実に地域の力となっている。

 

参考文献

いちばん詳しくて、わかりやすい!アロマテラピーの教科書 和田文緒 新星出版社 2013年

香料商が語る東西香り秘話 相良嘉美 ヤマケイ新書 2015年

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