亀戸 養生料理 高の 

店主 高野定義さん

 

東京都江東区亀戸2-6-1

TEL:03-6676-9055

営業時間:お問い合わせください。定休日:月曜(月曜が祝日の場合は火曜に振替え)

 


東京江東区亀戸に亀戸二丁目団地という築五十年になる古い団地がある。団地の一階部分が商店区画になっていて、「養生料理 高の」はそこにある。2012年に開店。当初はごまをふんだんにつかったラーメンを作っていたが、何年かのちに蕎麦へ変更。料理を変えた理由を主人の高野定義さんはこう語る。

 

「ラーメンを出していた頃は靴を左右逆に履いていたような気持ち悪さがあった。それが真ん中の柱を蕎麦に変えたらオーダースーツを着たようにしっくりきたんです」

実を言うと、わたしもわたしの妻も高のの黒ごま担々麺が大好きだったから、メニューからラーメンがなくなったときは少なからずがっかりしたものだ。すり鉢に入ってやってくる真っ黒な担々麺はどこにもみたことがないものでたいへん美味だった。しかしもうやってないのだからこれ以上ラーメンについて書くのはやめよう。

高野さんは和食の板前として腕を磨き、亀戸に来る前に千葉県の船橋で和食バーを開いていた。しかし店はうまくいかなかった。「料理はできても経営を知らなかった」閉店の原因を高野さんはそう言った。錦糸町で担々麺専門店を営んでいる「恩人」に拾われて息を吹き返した高野さんはもう一度自分の店をと再起を決意する。

「どこか門前町がよかった」そうして高野さんは亀戸天神のお膝元、亀戸へとやってきた。

ヒジョーシキに美味い店

 

 

 

ヒジョーシキに美味い店。「お客さんがそうつけてくれたんです」と高野さんは笑った。

プロなら美味しいは当たり前。美味しいだけじゃ客はもう一度足を運んではくれない。食べに来たお客さんの記憶に残すには「裏切り」が必要なのだという。いい意味で期待を裏切る意外性、常識を覆す非常識。「お客さんの常識の上をいっちゃう。だから非常識。落とし穴を作っている気分ですよ」いたずら好きの主人はアイデアマンでもある。疑ってかかるむきは一度高のを訪れてほしい。料理の数々の珍妙さに驚くはずだ。珍妙だけではもちろんない。そのどれもが味わい深く美味い。高のの言葉を借りればヒジョーシキに美味い。

 

お客さんが、自慢

 

 

店のメインはお客さんであり、店はお客さんが作るもの。それが高野さんの店に対する姿勢だ。「自分の料理はメインをもり立てるための付加価値」とまで言い切る。先の非常識に美味い店だけでなく、養生料理という名前もまたお客さんがつけてくれたという。自分ができることに力を注ぎ、あとはお客さんが「高の」を作り上げていってくれる。

「うちの自慢はお客さんなんです」なるほどこれが高野さんが目指してきた姿勢かとわたしは納得した。そしてその姿勢も一朝一夕のうちに出来上がったものではないことをわたしは知っていた。

はっきり書いてしまうが、七年前の高野さんと現在の高野さんはずいぶんと違う。

ラーメンを出していた頃の高野さんはもうちょっとふわふわしていた。もちろん出す料理はどれも美味しかった。ラーメン以外にもトマトの握りやクジラ料理など今と変わらぬ一風変わった料理は開店当初からの美味しさだ。変わったなと思い始めたのはラーメンを止めて蕎麦に切り替えたころと一致している。現在の奥さんである和美さん(当時は彼女と紹介された)が加わって店が華やかになったと同時に高野さんの背筋がピンと通って男前になった。これはわたしの妻とも意見が一致するところである。むしろ妻のほうが「高ののご主人が変わった、男前になった」としきりに言うようになっていた。左右逆の靴を履いていたのがオーダースーツを着たようにしっくりきた。蕎麦という柱を得て高野さんの中で道が開けたのだろう。覚悟が定まったというべきか。もちろんそこにはやがて妻となる和美さんの存在が大きかったのは間違いがない。

とにかく高野さんは男前(三回目)になって料理の腕がさらに冴えた。

「お客さんが自慢」そうはっきり言える自信がついた。

毎月一度の高の定例会

 

 

定例会について書いておきたいと思う。

定例会というのは、Facebookで○○日は定例会のため貸し切り営業となりますという記述を見るたびに知り合いのメンバーだけで行う会だとずっと思っていた。ところがこの撮影を機に聞いてみるとそうではないという。定例会は人数が限定というだけで、先着で誰でも申し込めるものなのだそうだ。したがってこの日(取材日)に集まったお客さんもこの定例会で初めて知り合いになった方々ばかりとのこと。定例会の料理は普段のメニューにはない一回きりのスペシャルメニューのため、高のの料理が気になる方はぜひ申し込まれるといいだろう。わたしはカメラ越しに眺めていただけだったが、そのどれもが実に美味しそうであった。いやほんとのことをいうとちょっとだけ頂いてたいへん美味しかった。

最近、亀戸や近辺が特集されるテレビや雑誌には必ずといっていいほど取材されるようになった高のであるが、この定例会の取材だけは断り続けてきた。第一はお客さんに迷惑になるし、第二に定例会をとても大事にしているからだという。その高野さんの中でとても大切な定例会を撮影させていただくという栄誉に預かった。高野さんがわたしを信頼してくださり、GRIT JAPANに共感してくださったなによりの証拠だと思う。わたしもそれに応えなければならないという緊張が、つぎつぎと杯を重ねるごとに緩やかになっていった(撮影中ですよ、お客さん!)

このひとには生き抜く力がある

 

 

「嫁」こと和美さんは「このひとには生き抜く力があると直感した」と高野さんを指していう。一方高野さんにしてみれば、和美さんなくして今の自分はあり得なかったと断言する。自分に芯が持てたのも、お店の調子が上向いたのも、全部「嫁」のおかげですと照れもなく言った。お店はお客さんが作ると言ったが、高野ご夫妻の掛け合いもまた魅力のひとつである。すてきな人々と、「ヒジョーシキな」美味しさをあなたもぜひ。